春合宿(北アルプス朝日岳~唐松岳)


三谷 和臣

月 日 5月1日(金)夜~5月5日
参加者 安藤、吉村、神庭

<行動記録>
5月1日~2日
 1日の夜、広島を出発する。行程に余裕を持たせるため、夜通しで運転をし、翌日半日行動という計画にした。高速料金が定額制になって最初の大型連休である。確かに交通量は多かったが渋滞の影響はなく、明け方には富山県に入ることができた。北陸道を走っていると、白んできた空に真っ白な山稜が徐々に浮かび上がってくる。 ほぼ予定通りの6時前には到着することができた。準備を終えると事前に予約を取っておいたタクシー会社の駐車場に向かう。車は下山までの数日間、駐車させてもらう。タクシーの運転手は副業で狩猟をしているらしく、最近奥山では頻繁にクマが出没すると言っていた。また、クマに襲われたときの腕の傷跡を見せて、この地域のクマの凶暴さを暗に警告していた。小川温泉で下車し、長い林道のアプローチに入る。まだ日は照っていないが気温は高く、少し歩いただけで汗ばむほどである。
 いつもなら単調な林道歩きだが、気持ちの良いアプローチであった。林道周辺は山菜の宝庫である。小川の対岸では、大きな籠を背負った山菜採りが収穫に精を出していた。ヤマメもたくさんいるそうだから、生業とまではいかないだろうが、自然の恵みを糧にしているようだ。この山域には原生的な自然がまだたくさん残されている。
 林道脇にはアザミ、カタクリ、ハクサンコザクラなどの草花も豊富である。最も見応えがあったのは、カタクリの大群落である。神庭君は突然「あっクマだ」と叫ぶが、河原を走っているのはカモシカだった。みんなタクシードライバーに感化されてしまったようだ。林道脇には半白骨化したカモシカの死骸までが横たわっている。頭部にはまだ肉片が付いており非常に生々しい。
 越道峠付近では徐々に雪が深くなり、時折、沢筋からのデブリが道をふさいでいる。長かった林道の終点には北又小屋がある。営業小屋ではあるが特定の管理人はおらず、会員制の共同管理がなされている。北又小屋は小高い位置にあり、清流と満開の桜を見下ろすことができる。小屋はオフシーズンのため営業していないが、狩猟を兼ねてやってきた管理人が部屋の風通しをしていた。今日は鉄砲の出番はないそうだ。
 ダムを左手に見ながら吊り橋を渡ったところがイブリ山の登山口となる。以前はワイヤー一本の橋を、ひっくり返りそうになりながら渡ったそうだ。今では立派な橋に付け替えてあり何の心配もない。ここからいよいよイブリ山への長い登りとなる。イブリ山の「イブリ」とは、代掻きに使う農機具の「えぶり」が訛ったことに由来しているそうだ。代掻きをしたように平らな山であることを表している。
 暖冬のせいで積雪の量は極端に少なく、雪は登山道上にほとんど残っていない。快適な森林浴のはずが、この時季にしては記録的な猛暑である。しかも尾根上ではほとんど凪の状態であった。ついには半袖一枚の夏山登山のスタイルとなった。時折谷間から吹き上げる冷たい風が暑さを解消してくれた。
 3合目当たりから登山道上に雪が現れ、やっと春山らしくなる。雪の斜面で、「あっ」と叫ぶ神庭くん。最初のけり込みで、靴のソール部分がぱっくりと口を開けてしまった。機転の利く神庭くんは細引きで仮固定し、アイゼンを装着する。
 5合目はブナ平とよばれ、その名の通り美しいブナ林が広がる憩いの場である。日本海から朝日岳につながる美しい山並みが見える。予定通りここでキャンプとする。雪のテーブルを作り、おしゃれな宴会会場ができた。吉村さんが担ぎ上げたビールで乾杯、合宿の成功を祈る。開放的な空間でリラックスすることができ、また、おいしい食事をいただいて鋭気を養った。

5月3日
 4:00に起床、黒部の稜線には霞がかかっているが、まずまずの天気である。気温は10℃を上回っている。天気予報では今日あたりから下り坂となるはずである。今日もクリームを塗り込み念入りに日焼け対策を行う。
 5:40出発。今日の行程は、いきなり1000mの標高差を登り、朝日岳からいったん下って、再び雪倉岳への登り返しと、合宿一番の長丁場である。
 雪面には、大型動物のものと思われるトレースが我々の行く手に点々と続いている。ヒトやカモシカのものではないとすると、クマ以外には考えられない。今回、常にクマの気配を感じたのは私だけではない。タクシーのドライバーは、クマに出会った際、口の中に手を突っ込んで舌を引っ張るとよいと言っていた。
 イブリ山のピークには雨量計のポールが設置されており、目印となる。イブリ山のピークを越えていったん下ると、やがて馬の背状のやせ尾根が現れる。やせ尾根を通過すると徐々に緩傾斜になり、夕日が原とよばれる広い雪原が現れる。この雪原は眺望がすばらしく快適なテント場となるだろう。余力があれば初日にここまで足を伸ばしてもよいだろう。
 前朝日岳の山頂部は北側を巻く。巨大な雪庇を眺めながら小高い丘を越えると朝日小屋が現れる。朝日小屋から上部は森林限界となり、植生がダケカンバからハイマツ帯に移行する。ハイマツ帯に入ると,早速今回最初のライチョウの出迎えを受ける。つがいのライチョウは白の冬毛が一部茶褐色に生え替わっている。神庭君はカメラを持って追いかけている。頭部に赤い模様のあるオスの方は逃げるどころか、こちらを威嚇するように独特の鳴き声を発している。
 朝日岳から雪倉岳かけてのハイマツ帯においては、広範囲にわたってハイマツの葉が茶褐色に変色していた。たんなる季節性の現象か、温暖化や酸性雨による損傷かは不明である。赤男山は、水平道の分岐となる鞍部より、黒部側に大きく迂回する。稜線伝いに登ると、断崖となっており行き詰まってしまう。夏場はお花畑となる斜面は雪原となっている。赤男山と雪倉岳の鞍部にさしかかったとき、天気は明らかに下り坂を示しており、上部にガスがかかってきた。正面に急なガレの斜面が見えるが、そこはルートではないようだ。ガスで視界が失われたが、雪が途切れたところで夏道が現れる。信州側を大きく巻くようにして頂上に続く登山道を登る。つづら折れとなったガレ場をゆっくりとした速度で登っていく。疲れがピークに達し足取りが重い。既に4時を回っているため今日の行動はここまでとした。標高は2,500mに近いため日が暮れると冷え込みが厳しい。月と街の明かりが大変きれいだった。

5月4日
 少々寝坊し4:30起床、6:00過ぎ出発。気温3℃、天気は薄曇り。雪倉岳を登ると、背後には朝日岳、行く手には白馬岳が確認できた。雪倉岳を下ると砂礫の平坦地に小さな避難小屋がたっている。小屋は開放されており、きれいに清掃されてあった。
 鉢ヶ岳は、その名の通りカール状の地形を有している。カールの広大な斜面を三国境に向かってトラバースする。雪の斜面は蓮華温泉に通じているためか、スキーツアーのパーティーがいくつか確認できた。長いトラバースを終えてドーム状の地形を登り詰めると三国境となる。三国境を越えるとやっと独特の形状をした山頂部を持つ白馬岳が見えてきた。後立山では白馬岳を典型として非対称山稜を形作っている。
 頂上に近づくと長大な白馬の主稜を登るパーティーを見ることができた.ちょうど最初のパーティーが、長い雪壁を登り終えて雪庇を乗り越そうとしている山頂部では大勢の登山者がくつろいでいる中高年の登山者がほとんどを占めているが、中には学生風のパーティーも見られる。
 杓子岳に向かって歩いていると、女性の単独行者が歩いている。双子尾根を単独で登ってきた強者であった。杓子岳の山頂部には数パーティーが認められた。杓子岳は鞍部と鞍部をつなげる形で迂回する。鑓ヶ岳に近づくと、硫黄の臭いが風に乗ってやってきた。頂上直下に鑓温泉があるためだ。鑓ヶ岳への標高差約200mが今日最後の登り、踏ん張りどころである。白馬岳、杓子岳、鑓ヶ岳を白馬三山とよび、美しい雪の稜線が続いている。天狗山荘は地図上では距離を長く感じたが意外とすんなり到着することができた。小屋の脇にはすでに立派なブロックが積まれていたので、それを再利用させてもらう。

5月5日
 4時少し前に起床、天気晴れ、気温0℃。本日は最終日、強烈な紫外線にデリケートな肌を焦がされて激しく痛む。吉村さんはひどい靴擦れ、安藤さんは膝の調子が良くない。神庭君以外は体に何らかのダメージを受けている。それほど冷え込んだという感覚はなかったが、フライの内側にはびっしりと氷の膜が張っていた。岩稜歩きに備えて、登攀具を装着する。準備を進めていると、湧き上がる雲の中から日が顔を出す。
 クラストした雪面にアイゼンを効かせ歩く。天狗平は絶好のビューポイントである。正面には五龍岳や双耳峰の鹿島槍ヶ岳、黒部渓谷挟んでは剱岳と北方稜線が一望できる。
 天狗の頭を過ぎると地形は一変し、険しい天狗の大下りとなる。不帰ノ嶮はいつの間にかガスに覆われて視界がなくなった。足下が不安定なガレ場で、所々鎖場の下りとなる。雪が全くないのでおもしろみがない。むしろアイゼンをつけての下降は足への負担となり苦痛をともなった。春山には新品のアイゼンは不要だ。長いガレ場歩きで吉村さんの靴擦れが悪化し辛そうだ。しばらくはアイゼンを外して歩行する。長い下りを終え、最低鞍部に達したところで小休止とする。
 不帰ノ嶮のⅠ峰は難なく越え、今度はⅡ峰北峰への登りに差し掛かる。ここからが不帰ノ嶮の核心部となる。鎖の付けられた急な岩稜をアイゼンの爪を軋ませながら登る。雪はほとんど残っていないが、ルンゼには氷化した雪が付いている。通常、黒部側の夏ルートには雪が付いておらず問題ないが、信州側のルート上には大きな雪庇が形成されている。雪の状態によって雪庇上を通過するか、急峻な岩稜を直登するかよく見極めなければならない。全体的に雪の量が少ないため、雪庇は急峻な雪壁となっている。雪庇はほとんどが消失しかけており、岩と雪庇の間にはシュルントが不気味に口を開けている。まず神庭君にザイルを伸ばしてもらい、FIXロープを伝ってわずかな岩壁との隙間を進む。みんな「びみょー、びみょー」といいながら登っていた。
 次の難所は、Ⅱ峰直下の岩稜である。危険な雪庇は回避して岩稜を直登する。前回はさほどの困難さを感じなかったが、少々ルートの様子が異なっていた。冬ルートの一部が崩壊してしまったようだ。ひとまず神庭君に上部の偵察に行ってもらう。確保なしで不安定なルンゼをどんどん詰めて行く。傾斜は上部になるほど強くなっている。おまけに浮き石が多く、突然頭大の落石が2、3発、安藤さんたちの横をかすめた。しばらくして夏道にでることができたらしく、OKのコールが発せられた。ここはザイルが必要だが、バイルもハーケンも神庭くんが持って行ってしまった。最初にハーケンが残置されているが、あとは心許ないブッシュで支点をとる羽目になった。最後のバンドへの乗越は、先ほどの崩壊のせいで直接はあがれない。右往左往しながら、微妙な草付きにアイゼンを蹴り込んで登った。
 Ⅱ峰を越え、Ⅲ峰から唐松岳にかけては特に問題となる箇所はなく、単調なガレ場歩きとなる。幾分緊張もほぐれてか下山後の話をする余裕が出てきた。合宿最後のピークとなる唐松岳では記念撮影をとる。唐松山荘の陰で風をよけて行動食をとる。最終リフトが迫っているためゆっくりはしていられない。
 八方尾根の下降点は夏道とは異なり、展望台のある尾根の末端よりダイレクトに下降する。八方尾根は丸山ケルンまではやせ尾根となっており、新しい鎖が設置されようとしていた。丸山ケルンを過ぎるとなだらかな下りが続く。残念ながら後立山の稜線はガスに隠れている。八方池を越えるとようやく稼働中のリフトが見えてきた。短いようで長かった合宿も終わろうとしていた。さわやかなスキーヤーに紛れて、真っ黒に日焼けした我々は一仕事を終えたようであった。

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