<月日>11月3日(土)~4日(日)
<参加者>武田、吉村、高田、山本文、安藤、岡村、沖本、神庭
会報の計画概要には、初日の宿泊地をユートピア小屋とし、第2日目は地獄谷を下る予定であったが、これが予想外の人気となり、ふたを開けてみると総勢9名の大例会となった。このことからユートピア小屋の宿泊は無理と考え、ルートを逆にとり宿泊地は大休峠とし、地獄谷は遡行「沢登り」することに変更したのである。
係は、出発日勤務明けであったため、横川を9時10分の出発とした。係の場合は災害対応に追われた場合、最悪参加不能(ドタキャン)になることも予想されることから、二段三段構えの対応を考えなければならないのが情けない。遊びにおける危機管理とはまさにこのようなことを指すのであろう。
車両は高田レガシーと吉村ホンダの2台である。
昼間の走行であるのに祝日が幸いし、たいした渋滞も無く13時には大山寺に到着した。駐車場は、紅葉狩りで混雑する南光河原を避け、豪円山の駐車場で神庭さんとドッキングする。早速パッキングを完了し、直子さん(神庭妻)のお見送りを受け、13:40 一路川床へと歩き出す。
予想したとおり、川床の駐車スペースも殆んど車で一杯であり、豪円山に車を止めたことの判断が間違っていなかったことを改めて確認した。
川床では、大休峠での渇水を考慮し、各自2ℓづつ水の確保を行う。きのこ博士の安藤さんの茸レクチャーを聴きながら中国自然歩道を登っていくのだが、茸コレクターが寄り道をするので、結局16:10が大休峠着となった。積雪期以外にここを訪れたのは十数年ぶりの係であるが、小屋の周辺の藪荒れには全く驚いてしまう。親指大の立ち木が繁茂し、テントスペースにあっては、4人用が4張り程度しか確保できない有様である。原因は、台風により楢の大木が激減したことにより、小屋周辺の日照環境が良くなったことが影響しているらしい。小屋の中を覗くと、30人ほどの中高年の方々が既に宴会を始められており、トーンの高まりが小屋の外でも十分感じ取られるほどの盛況振りである。
いろいろ熟慮した結果、我々も今晩はここで幕営することとした。
17時位から気温が急激に下がり、夕食の準備をする手も凍える程になってくる。19:30頃には夕食を摂り終え、早々にシュラフにもぐりこむことが出来た。その頃小屋内では盛り上がりも最盛期を迎えているらしく、人間がひっくり返る音でこっちのテントも目が覚める。
11/4 03:30起床。胃袋にすばやくラーメンを掻き込み05:15にはヘッドランプを頼りに、出発することができた。「大変結構です。」大休口までの1時間は歩道が程よく整備され、ヘッテンでも十分安全に歩けるほど薮を刈り込んであるのが嬉しい。
大休口では、15分ほど夜明けを待ち06:25地獄谷へと入って行った。
沢の水量は、晩秋でもあることからさほど多くなく、飛び石を繰り返せば濡れることもないであろうが、沢の遡行である以上、へつりや高巻きばかりでは沢登りとは言えないことも確かである。
そこで係は、中盤に差し掛かった頃、「沢登りとはシャワークライミングこそ醍醐味なのだよ。」と言ったか、言えたか知らないが首まで入水してみたのです。
その後は大したハプニングも無く、駒鳥小屋直下に10:00着。ここからはユートピアへ向けて振り子沢を忠実に辿っていくと像が鼻の尾根に出ることが出来る。
11:45 ユートピア小屋着。小屋の中で休憩すべく土間に入り込むと、西村夫妻が休憩しているではないか。我々も9名全員が上がり込み30分ほど休憩する。
下山ルートは、豪円山駐車場に向け宝珠尾根を忠実に下っていく。中宝珠山くらいから紅葉も黄色が混じり始め、本格的な秋を感じることが出来るようになったが、やはり例年の美しさは感じられないように思った係であった。終盤の中の原スキー場の長い下りでは、足首を痛めないようにか、バックで歩く奇妙な一団が豪円山駐車場に帰り着いたのは14:30であったのだ。