2017年8月10日(木)夜~15日(火) 係:松林
参加者:吉村、宮本、坂口、元廣、川本
<はじめに>
近郊の山々で登山経験を積んだ者が「日本アルプスの山々を登りたい」という願望を持つのと同じように、近郊の山々で沢登りの経験を積んだ者が「日本アルプスの沢を遡行したい」と思うのはごく自然な流れである。
昨年秋に「沢登りを夏合宿のメニューにする」という案を出し、行き先を黒部川上ノ廊下とした。渡渉がメインで泳ぎあり。山行の行程に4日以上を要し、水量が多いと難易度が増す。条件が揃わないと行けない沢だ。
5月下旬より開始した、月に3回程度のペースで計画した各山行は、悪天候による中止が無く、沢中泊、泳ぎや渡渉の練習を予定通り実施できた。ただ、泳ぎ沢の「寒さに対応する衣類装備で挑む」というケースは前例が無く、各々がウェットスーツやネオプレンの着衣でテストを重ね、合宿直前まで熟慮して装備を選んだ。
<台風5号の襲来>
合宿が始まる週の前半に台風が日本列島を直撃する。中部地方に台風が掛かるのは8日(火)なので、さほど心配をしていなかったのだが、8日当日、雨雲レーダーを見ていると、立山連峰に台風の巻雲が掛かり続けており、立山芦峅での累計雨量は200mmを越えている。
1日考えて9日(水)にサブリーダーの吉村さんに行き先変更の相談をし、いくつか用意していた代替案の中から甲斐駒ヶ岳の尾白川黄蓮谷に変更することにした。南アルプス南部や中央アルプス、大峰山脈の沢も検討していたが、各地の雨量や遡行形態等の条件を考慮しながら黄蓮谷を選んだ。決断には負担が掛かるが、自分自身の意向も含めて決断できるのはリーダーの特権でもある。
<行動記録>
8/10(木)
晩に広島を出発し、予定通り、山陽道の瀬戸PAで仮眠を取る。
8/11(金) 曇り
4:30に再出発して名神、中央道へと進む。小牧での小さな渋滞、辰野PA付近での事故渋滞を挟み、12時過ぎに「道の駅はくしゅう」に到着。関東組の2人と久々の再開をする。
この日は尾白川林道終点より入渓して本谷/黄蓮谷の二俣付近を目指す予定だったが、気象係の坂口さんより「夕方から夜にかけて雷雨」、「翌日も雨が降りやすい天気」との予報を受ける。黄蓮谷のハイライトである上流部を翌々日に回す目的で、この日は下流部の渓谷沿いの周回ルートを散策し、入渓は翌日。という計画に変更する。
竹宇駒ヶ岳神社の駐車場から神社を経由し、吊り橋を渡ったすぐ先で渓谷内に入る。河原は川遊びに来た家族連れで賑わっている。川遊びエリア最も奥の、千ヶ淵と滝のところまで進み、引き返して右岸側の登山道を進む。
この登山道は渓谷の観光用に作られたはずなのだが、地形の厳しさからか、ほとんどは水流があまり見えない、ある程度離れた斜面を通っており、所々で滝に近付いて滝を鑑賞する。という体裁になっている。急斜面に付けられた金属製の階段を登ったり、木の根を掴んで登る箇所もあり、観光用の道としては厳しめである。三ノ滝、旭滝、と滝に出くわすたびに涼みながら進み、神蛇ノ滝という大きめの2段滝を遠目で見る。その少し先から不動ノ滝へと続く道を分けて山手側の道へ入り、黒戸尾根と合流して初めの吊り橋のところへ戻る。
道の駅に併設されているスーパーで食料を買い足し、八ヶ岳山麓の宮本さんの別荘へ移動する。宮本さん本人も使用するのは5~6年ぶり、うん十年前に建てられた、という別荘ではあるが、雨風を凌ぐには充分である。テーブルを広げて宴会をして、不足気味だった睡眠を補った。
8/12(土) 曇り一時雨
別荘を出発して尾白川林道の車止めゲート手前の日向山登山口へ着き、装備の準備を始める。予定では黄連谷遡行、尾白川本谷下降、ではあるが、本谷下降を止めて黒戸尾根下山に変更する可能性があるため、車1台を神社の駐車場に回す。回送車が戻り、林道を歩き始める。
ゲートの「冬期は閉鎖します」という札が、かつては車が入れる道だったことを匂わせるが、道は荒れており、このゲートが開くことは二度とないだろう。吉村さんが30年近く前に、国体でこの林道近くの岩場を登った話などを聞きながら進む。左岸側の谷から落ちてくる錦滝前の東屋で一休みしてあと半分。最後はトンネルを3つ潜って林道終点へ着く。
林道終点から、よく踏まれた踏み跡を辿って高度差約80mを一気に下降する。急傾斜ではあるが、フィックスロープや木の根を掴みながら問題なく下れた。
川辺に着き、沢装備を準備して遡行を開始する。すぐに大釜と小さな滑滝が現れ、水に浸かって冷たさに慣れる。ほとんどの区間で岩盤が出ており、白く明るい沢。夢にまで見た光景に「涙が出るかな」と思ったが、意外と出なかった。続いて女夫ノ滝。ロープを出して、川本リードで右岸側の傾斜の緩いスラブをへつって登って行く。傾斜が緩いので甘く見ていたが、中上部のヌメっとした箇所が難しく、上へ抜けてもハーケンでしか支点が取れず、時間が掛かった。
その先もすぐに綺麗な丸い釜と滑滝が現れ、早くも「ここへ来て良かった」などと思い始める。鞍掛沢を分け、屈曲部に深い釜と5mほどの滝が現れる。巻き道もあるが、川本が「登りたい」というのでハーケンでビレイ支点を取って登らせてみる。ホールドが遠く難しいが、落ちてもドボンである。川本が登って木で支点を取り、後続はロープに加えてお助け紐で引っ張るなどして登った。
すぐに次の大釜を携えた遠見ノ滝が現れる。松林が「とりあえず触ってみるべき論」を適用して取り付きに近付こうとしたが、水流に負けて戻る。川本が空荷で突破し、松林もロープを伝って取り付きまで移動する。出出しの傾斜が強くスタンスが無いので「諦めよう」と言うが、川本がリスにカムを挟み、スリングアブミを2本掛けして登ろうとする。「そんな引き出しを持っていたのか!」という驚きとともに、時間が心配になってくる。ここで雨が降り始め、だんだんと強くなってくる。北陸に弓状に延びていた雨雲が南下してきて雨が降る。という予報が当たった。泳ぎの後で雨に打たれ、震えながらビレイする。
出出しの一段を経て中段まではスムーズに進むが、こちらからは見えない中上部に時間が掛かっている。上へ抜けたという確認が取れ、後続を1人ずつ呼び寄せて登ってもらうが、出出しに苦労して時間が掛かる。後続が荷揚げも上手く回してくれ、最後に松林が登る。中上部で「渾身の力で打った」というハーケンを回収するのに一苦労し、全部で2時間も掛けてしまった。雨は徐々に収束し始める。
さらに30分ほど進んだところで噴水滝に出る。大釜に細い流れが落ちて跳ね上がる。滝の流れ自体は「滑り台」という名前が当てはまりそうな、緩い傾斜で滑らかな形をしている。靴のフリクションを確かめながら右岸側をへつり、後続が登ってくるのを待っていると、皆より少し滝側に足を踏み入れた川本が足を滑らせ、20m強ほど「滑り台」を堪能することになった。その光景は、正にプールの滑り台のよう。滝の手前で「こんなところを滑ったら尻が割れるじゃないですか」という冗談を言っていたのだが、「尻もどこも割れなくて済んで良かったね。」今まで絶好調だった川本が以降、しょんぼりしていた。
その後は緩い滑滝や長い岩床部、少し岩のゴロゴロした比較的易しい区間を通過し、16時に本谷を分けて黄連谷に入る。坂口さんのGPSが効いた。出合からすぐの滝は登れないので登り易そうな左岸側を登ろうとするが、沢に戻れなくなる可能性があるので、フィックスロープのあった右岸側を高巻くことにする。2本、平行に貼られたトラロープを掴んでトラバースするところが悪かったが無事に通過する。
時間が押してきていたので川辺に平地を見つけて整地し、露営する。6人でツェルト3張り。広い平坦地は見つけ難いので、この分散方式が功を奏した。食事は吉村さんのアイデアによる手巻き寿司を頂いた。23時ごろに雨が降り始め、次第に強雨となる。ほかのツェルトのメンバーからもそわそわした声が聞こえ始め、増水して流される可能性のあったコッヘルを救出した。予想外の雨は2時ごろから収束していったが、流されるといけないものは最初から高いところへ置いておくべきだった。
8/13(日) 曇り一時雨
夜中の急な増水からはいくらか水量が減ったが、昨日よりは水流を強く感じる。それでも上流へ進めば水流は細くなるのでさほど心配はしていなかった。
出発して20分で千丈ノ滝。長く、滑滝と階段滝の間のような滝。記念撮影をして右岸側の巻き道を登る。この巻き道の途中から黒戸尾根の五合目へ向けた道があるはずだが、見つけられない。今までの滝の下降の難易度、五合目への登り返しが不明で時間的にも厳しい。という要素から、本谷下降の計画は、ほぼ諦める。千丈ノ滝の上の15m滝を左岸側から巻く。遡行図中の「ビバーク適地」がどこか分からなかったが、巻き道途中の尾根状に匂いの残る焚火跡を見る。巻きを終えると、前日から先行していた福井のパーティが坊主ノ滝の右手のガレルンゼを登っているのが見える。
坊主ノ滝の手前で一休みし、ガレルンゼに入って行く。本には「大巻きと小巻きの二択が取れるが、小巻きを推奨する」とあったので、本流とガレルンゼの間の尾根に乗って下降点を探しながら進む。坊主ノ滝の落ち口付近で一度下降を検討したが、その先の滝が登れそうになかったため、さらに尾根を20~30ほど進み、左俣を分けた先辺りで懸垂下降して沢に復帰する。
少し進み、200mの奥千丈ノ滝に入り始める。普段であれば、全て水流通しで登れるらしいが、過酷なシャワークライミングになりそうな箇所で右岸側のルンゼに入る。だんだんと傾斜が増し、残置ハーケンを使って上までルンゼを抜けるか、間のリッジ上の立木を目指すか?というところで、松林が立木へ進んで支点を取る。40mロープを半分にして、1人ずつ立木までの登りと沢への懸垂下降を行った。しばらく進むと核心部と呼ばれる「逆くの字」部にさしかかり、川本リードで登る。小雨の降る中、カムやハーケンを駆使してシャワークライミングを2ピッチ分行った。
奥千丈ノ滝を抜けて左岸側の草付きを少し登ると、中段テラスと呼ばれる台地状の場所に出る。左手の本流は広く長いスラブの滑滝となっている。左岸側のスラブの間のバンドをトラバースしながら登る。40mロープを途中の立ち木まで伸ばし、20mロープでその先へも延ばす。最後、松林の2ピッチ目になり、20mロープでのビレイを頼むと、「ロープは固定してあるので手繰れ」と言われ、進んでみると、末端から何本か長めのスリングが先の立木まで繋がって延びていた。ここで、「ロープは50mと30mのセットにしておけば良かった」と後悔した。
この先は荒々しい渓相の、瀑流帯と呼ばれる区間。10~15mの滝が続き、段差部には落石が詰まり、剥がれ落ちたままでほとんど削られていない破片岩も多い。途中、滝で2ヶ所ロープを出した以外はフリーで越えて進む。やがてスラブ、巨岩、草付きという渓相になり、右岸側の悪い草付きを先頭で進んでいた宮本さんがリードで登り、先の偵察をして沢に復帰する。
巨岩帯をルートファインディングしながら進み、右岸側の小さな尾根上にビバーク跡地を見つける。宮本さんと川本くんがさらに上部を偵察すると、「もっと良い場所があった」と言うので、皆でそこまで登る。ブリッジ状の雪渓のすぐそばで、冷気が来るが、ツェルトも3張り何とか張れ、水が近くで便利な場所だった。食事はマーボー春雨丼とウインナー。さすがに連夜の雨は無く、快適な夜になった。
8/14(月) 曇り
少し晴れ間が見える。右岸側のちょっと微妙な壁際をへつって大きな棚を1段登ると、背後に八ヶ岳が雲海の上に見える。大岩を避けながら進んで「奥の二俣」を分け、3段60mの「奥ノ滝」に差し掛かる。下部は左岸側を高巻き、2段目(?)は右岸側の緩い草付きを登り、3段目(?)は左岸側の尾根上の踏み跡を大きく高巻きする。ある程度高度を稼いだところで、踏み跡はまだ上に続いていたが、沢を覗きに行くと、降りられそう。沢に降りて上部を見渡すと完全なゴーロ帯となっており、登れそうなので、沢に復帰して一休みする。
間もなく水が涸れ始め、水を汲む。草地は晩夏の花畑となっており、コイワカガミやミヤマダイコンソウの花、チングルマの綿毛などが見られた。間もなく灌木帯が現れ、本流がどこかもわからなくなってきた辺りで沢装備を解除し、靴を履きかえる。
再出発してハイマツ帯に入る。ハイマツを掴み、掻き分け、ヒーヒー言いながら高度を上げる。山頂と思わしき場所に登山者が見え始め、黒戸尾根の登山道に出る。多聞天が祭ってあるピークの直下だった。
ザックを置いて駒ヶ岳神社本宮を通過し、山頂へ。微かに遠くの何かのピークが見えた以外に遠望はなく残念だったが、達成感に浸りながら思い思いに一時の休息を取る。
長い下降が始まる。花崗岩が風化した、砂礫や土の道と、所々に出てくる岩場。はしごや鎖が掛かっている場所も多い。祠や岩に刺さった剣を見て、信仰の山であるということと、同時に厳しい参道だということを再認識する。7年前にこの尾根を登ったときには、「岩場が多くて面白い」という印象を受けたが、今となってはただのアプローチ道であり、曇って遠望がないことも相まって面白くはない。曇っているために直射日光による暑さがないことが唯一の好条件ではあったが。
七丈小屋で一休みする。すれ違う人にトレイルランナーが多く、どうやらグループで集まって登り(走り)に来ているようだ。小屋の先も、鎖とハシゴの続く下りを経て、キレット状の痩せ尾根の上を橋で渡り、五合目跡地へ着く。左手の平坦な場所を少し進むと、五合目の小屋か登山道の建設に貢献した方の記念碑があった。
黒戸山の登り返しに耐え、樹林帯の中の長いトラバース道を経て、刀利天狗へ。急な道を下って、岩場である刃渡りから前屏風ノ頭を過ぎると、だんだんと穏やかな樹林帯、林床は苔むした地面へと変貌していく。林床が笹へと変わり、横手への登山道を分ける。いつの間にか入っていた深い長い堀割り道では、腐葉土が脚に優しく感じる。尾根の道が終わると左に鋭角に折れてトラバースし、尾白川の音を聞きながら十二曲りと呼ばれる区間を下り、11日に通った登山道との合流点に出る。標高差2200m、6時間半超。実に長い下りだった。例の吊り橋を渡り、駐車場へ出て、林道に止めた車を回収して解散とした。
広島組は、道の駅のスーパーで買い出しをして高速道路のPAで車中泊。15日(火)の昼ごろ帰広。
<所感>
目的であった黒部川上ノ廊下の遡行は実現できませんでしたが、沢合宿という形で、以前よりやりたかった日本アルプスでの沢登りを実現することができました。
宮本さんの前回遡行時の記憶が無ければ、もっと難しい山行になっていた可能性がありますが、メンバーの力を合わせてこのクラスの沢を遡行できたことが大きかったです。また、合宿にかけての2~3ヶ月の準備で、泳ぎ沢、沢中泊、沢登り合宿への下地ができたことが今後の山行に繋がると思います。そしてメンバーからも「充実した山行になった」という声を聞き、リーダーとしてもこの山行に注力したことが報われた気がします。
メンバーのみならず、それ以外の方々からも力添えをいただき、ありがとうございました。
(記:松林)
<コースタイム>
8/11(金)
12:05 道の駅はくしゅう(関東支部と合流) 12:40→13:05 竹宇駒ヶ岳神社駐車場→14:10 旭滝→14:50 神蛇ノ滝→15:45 竹宇駒ヶ岳神社駐車場→18:15 宮本さん邸別荘 泊
8/12(土)
泊地 5:30→6:30 日向山登山口(車回送) 8:05→8:45 錦滝→9:35 尾白川林道終点→10:25 尾白渓谷・入渓→10:45 女夫ノ滝→11:40 鞍掛沢出合→12:15 遠見ノ滝→14:45 噴水滝→16:00 黄蓮谷出合→16:30 五丈ノ沢出合付近 泊
8/13(日)
泊地 5:40→6:00 千丈ノ滝→6:40 坊主ノ滝→8:05 二俣出合→9:15 奥千丈ノ滝下部→13:40 瀑流帯下部→14:40 烏帽子沢出合→16:00 30m滝 泊
8/14(月)
泊地 6:10→6:40 奥ノ滝下部→7:50 奥ノ滝上部→9:40 黒戸尾根登山道→10:00 甲斐駒ヶ岳山頂→16:50 竹宇駒ヶ岳神社駐車場・解散
(記:元廣)