1930年代


1930年(昭和5年)~1940年(昭和10年)

1930年 9月 広島山岳会創立 (流川の喜よしにて 年会費:1円20銭)
発起人 吉田済、吉野政造、浅尾金一、深田健次、澤井昌三、宮本行雄、濱田繁雄
年会費:1円20銭 第1回登山 大峰山
12月 山岳の夕べ開催 (中国新聞社講堂にて映画と講演)
1931年 5月 「会報」第1号発行 編集:浅尾 金一
7月 日本アルプス 燕岳~槍ヶ岳~焼岳~上高地 道後山 吉田、他2名 吉田、他50名
8月 『道後山ー登山と研究刊行』 (浅尾 金一編)
10月 石槌山 吉野、他40名
1932年 1月 『広島県下スキー場案内発行』 (児島 忠夫編)
4月 郷土山岳写真展開催 (中国新聞社にて)
5月 第1回 山の茶話会 (名井屋喫茶店にて 会費:30銭)
6月 吾妻山ヒュッテ建設
8月 大山 土屋、他
12月 第1回スキーの夕べ開催 (袋町小学校にて)
1933年 1月 吾妻山スキー講習会 文部省 出口 林次郎、湯澤県知事、川本 老介ほか
2月 会主催スキー講習会始まる 水野祥太郎氏 吾妻山他
6月 細見渓谷探査 (第2登)
*第1登はS3年頃、川本老介氏等による
児島、他
8月 大日本連合青年団登山講習会参加 (富士山にて 槇 有恒氏指揮) 叶雄二郎
9月 RCC理事 水野祥太郎氏(当会名誉顧問)によるロッククライミング講習会 (鎌倉寺山にて) 叶、他23名
10月 第1回烏帽子岩山(天応)ロッククライミング 吉田、他
11月 「会報」No.31より「広島山岳会会報」となる。
1934年 1月 広島県下スキー場案内(会報臨時増刊)発行
戸河内~内黒~古屋敷~十方山スキーツアー 川本老介、叶雄二郎
2月 広島県スキー連盟発足 (会長:湯澤知事)
3月 県スキー連盟主催 第1回スキー競技大会(連歌句原) 4Km競争に叶 2位入賞
8月 奥三段峡~恐羅漢山 川本、他14名
1935年 2月 会主催 第1回近県スキー競技大会開催
4月 木曽駒ヶ岳
6月 会報50号から三段峡のダム建設阻止キャンペーン始まる (熊南峰、吉田、浅尾他)
7月 白馬岳~唐松岳~黒部渓谷 綱本、他
8月 燕岳~槍ヶ岳~穂高岳 金丸、他4名
9月 創立5周年記念祝賀会
11月 万太郎谷(谷川岳) 吉澤、他2名
1936年 1月 厳冬期 富士山 蔵田、他2名
2月 明治神宮体育大会スキー競技会参加 その後、谷川岳へ 叶雄二郎 叶、川本、他3名
8月 室堂~剱岳~立山~五色~針ノ木岳 針ノ木岳~唐松岳~祖母谷
針ノ木岳~鹿島槍ヶ岳~白馬岳
堀内、他3名
田中善助 藤田、辻山
12月 スキー部報(号外)発行 厳冬期 乗鞍岳 加藤、立田
1937年 1月 厳冬期 石槌山 蔵田、他2名
2月 全日本滑降回転スキー選手権大会参加 (伊吹山) 竹内、他
4月 登岩研究部新設 (尾崎、小野、泉尾、ほか)
遠見尾根~五龍岳~唐松岳~鹿島槍ヶ岳 栂池~白馬~猿倉
三倉岳・下の岳ノーマルチムニールート初登攀 三倉岳上の岳初登攀
吉野、小田
吉野
泉尾、賀谷
6月 鎌倉寺山西北稜初登攀 泉尾、他6名
8月 大山~烏ヶ山~地獄谷 割方、他2名
1938年 1月 恐羅漢山スキー合宿 叶、他10名
3月 上高地~徳沢~長塀山~蝶ヶ岳~上高地~西穂 案内人:上条孫人 吉野、綱本
4月 女子部新設 (児玉光子他) 第1回女子部登山 水分峡
三倉岳 中ノ岳初登攀
児玉、他11名
泉尾、辻山、割方、坂口
1939年 2月 氷ノ山~神鍋山スキーツアー 吉野、綱本
3月 大山・屏風尾根登攀 泉尾、小野
4月 三倉岳研究会 (栗谷小学校にて)
久住山 (女子部)
井上直通、他20名
児玉、他4名
6月 智異山 (朝鮮半島) 浅尾、他2名
9月 大山・北壁研究会 (会員50名他)
10月 宮島・駒ヶ林西壁初登攀 内黒避難小屋建設(10周年記念事業) 小野、井上、泉尾
1940年 3月 船上山~甲ヶ山~大山~大山寺スキー縦走 小野、他
4月 初代会長に町井 剛氏就任
8月 四国中央山脈縦走 石槌山~黒森山
槍ヶ岳~奥穂高岳~ジャンダルム~前穂高岳
久保(悦)、他2名
吉野、他4名

 

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