奥大山を歩く


三谷

月日:6月11日(土)~6月12日(日)
参加者:安藤、横山、吉村、松林
<行動記録>
今年の古道ウォークは、奥大山の下蚊屋から鍵掛峠にかけての大山道(横手道)を企画した。点と線になりがちな最近の登山の裾野を広げていこうという想いである。
大山へ通じる道は、「坊領道(ぼうりょうみち)」「尾高(おだかみち)」「溝口道(みぞぐちみち)」「横手道(よこてみち)」「川床道(かわとこみち)」があり、総称して「大山道(だいせんみち)」と呼ばれている。鳥取大山は古くから信仰の対象になっており、各方面からの参拝に大山道が利用されてきた。また、牛馬の守護神になっていることから、大山寺参道ふもとの博労座では、江戸時代から牛馬市が開かれており、明治時代には西日本一といわれるほどであった。参拝や商業としての主要道であった。今回の「横手道」は、真庭市延助から美作・伯耆国境を越え、奥大山の下蚊屋(さがりかや)、御机(みつくえ)を経由して大山に向かう道である。しかし、古道の歴史云々よりも、修験者の如く、無心で歩くことだ。
土曜日朝7時前に広島を出発する。今週初めに梅雨入りしたため空模様が心配だが、何とか曇りの状態を保っている。三良坂の朝市でざるそば用のネギを購入。食べきれない量のネギがたった100円である。庄原の比婆の里で松林くんと合流する。
前の週に、今回歩く予定にしていた道路を車で走ると、思っていたよりも距離が長く、勾配もあるので、計画を練り直して下蚊屋ダムの駐車場を起点にすることにした。不順な天候など、その他もろもろの条件を加味して計画を変更した。
ダムに到着して、大山寺に車を回しに行く。先輩には東屋で休んでいただく。大山寺は多くの登山者、旅行者で賑わっており、駐車場はほぼ満車の状態だった。大山寺周辺の自然や史跡を辿る多様な企画が増える傾向にある。現地ガイドなど受け皿も充実しつつあるように感じる。
回送を終えてダムに戻り、装備分けをする。そうこうしているうちに昼前の出発となった。日差しはさほど強くないが、湿度が高い上に風がない。しばらく蒜山へのバイパスを歩いて、下蚊屋の集落に入る。谷間にある小さな集落である。集落を抜けてヘアピンカーブの登り坂を登ると、黒ぼく土の広大な田園地帯に出る。高原野菜などが栽培されていた。この先にブルーベリー農園とサントリーの水工場がある。
古道への入り口には標識がないため、予め調べておいた記録をもとに、水田脇の農道に入っていく。草がはびこるこの時季、一人の農家が草刈りに余念がなかった。
古道の入り口で小休止する。約1時間のロードであるが、暑さ故に消耗してしまう。いったん沢に下降して尾根を越えていく。峠には地蔵さんが横たわっていた。吉村さん、横山さんが起こして元の台座に戻してあげる。数少ない昔の道の名残だった。峠より下っていくと、水のせせらぎが聞こえ、田んぼに出てきた。水路には冷たくきれいな(にみえる)水が流れている。農業が盛んなのは、大量の雨がブナ林に蓄えられて湧き出た天然水のおかげだろう。
余り知られていないが、奥大山の天然水の生産量は、全国第三位の生産量ということだ。奥大山スキー場近くにも水と製氷の工場がある。水源は烏ヶ山の麓の木谷や蛇谷である。地形図を確認すると、江府町にはいくつもの川が流れているのがわかる。
御机には立派な神社があり、古い家が建ち並ぶ。なかなか雰囲気の良い町並みである。水路脇の洗い場の脇で休んでいると、向かいの家の方が出てこられた。吉村さんが古道を歩いていることを話すと、秋には「古道ウォーク」が行われ、団子汁などが振る舞われることを聞く。奥大山古道の一部が地元有志によって整備されて、毎年イベントが行われているようだ。
集落を抜けてまたしばらく道路を歩くと、鍵掛峠に拔ける登山道の入り口に出合う。「右 大山道」とある。今までと違い、快適な散策道を歩くと、健康の森近くに出てきた。健康の森のベンチで小休止。歩行時間はたいしたことないが、暑さでぐったりである。
鳥越峠を超えて駒鳥へあと一息。ついに雨がぱらついてきた。駒鳥小屋に泊まることも考えたが、湿気がこもって陰気なので、河原にテントを張らせてもらう。昨年のテントスペースがきれいに残されていた。それにしても、虫が多い。早速ブヨや蚊にやられてしまった。晩ご飯は、α米の炒飯とざるそば。簡素だが、冷たい水でしめたざるそばは好評だった。しかし、軽い熱中症気味。さすがの安藤さんもお酒が進まない。飲むぞといきこんで歩荷したお酒も、そのまま持って下りることになる。続いて横山さんもうつらうつら。こういう時は早く寝るに限る。夜中に雨が降ったようだ。
翌朝、雨は止んだものの、湿度の高い状態は続いており、少し動いただけでも汗がにじんでくる。梅雨時季の振子沢は、灌木や下草がはびこってジャングルと化している。加えて、人を待ち構えていたように、羽虫が一斉にまとわりつく。目や口に飛び込んできて、ストレスは最大になる。
沢から尾根に這い上がり、振子山への分岐点に出る。ここはユートピアの名にふさわしく一面のお花畑になるはずだが、まだ時季が早かったようだ。
虫の大群を避けるようにしてユートピア小屋に逃げ込む。休んでいると、女性二人組が登ってこられた。奈良から来られたそうだ。奈良には、かの有名な熊野古道があり、こちらも山岳信仰の道ということで、来年はここを歩くことに意志を固めた。
あとは下りだけ。緑が豊かになり本格的な夏を迎えようとしている。今年も古道ウォークも無事終えられそうで、ホッとした感がある。いずれも我慢の道程なのは共通だが。
上宝珠越を過ぎた辺りのやせ尾根で赤茶けた岩がむき出しになり崩れかかっている。FIXロープが張り巡られており、初心者はそのロープなしで下りるのは厳しいだろう。ルートの状況が毎年変わっているのには驚かされる。
剣谷を挟んで対岸に聳える三鈷峰の西側ルンゼは、崩落著しく、過去、冬に登ったことが信じられない。北稜は、急峻な藪尾根だが、雪の安定する時期に、尾根の末端付近から取り付いた方が無難なようだ。
晴天とは言えないが、天気の崩れは少なく、いくつかのパーティーとすれ違う。しかし、無風状態で湿度が高いため、熱中症になりそうだ。下山後、脱水気味になりぐったりとしてしまった。しかし、振子沢に比べるとずいぶん快適で(何より虫が居ない)、緑鮮やかなブナ林を通り抜けて下宝珠越にたどり着く。
大神山神社を通り過ぎ、御神水で乾いた喉を潤わす。
いつもならそのまま石畳の参道を下っていくのだが、今回の最終目的地である大山寺に向かうことにした。数度訪れているはずだが、どんなお寺だったか記憶に残っていない。
平安時代以降、山岳信仰の仏教化が進むに連れて寺院が増え、大山寺本堂を中心に最盛期には100を超える寺院と 3000人以上の僧兵をかかえるほどになったそうだ。一大勢力として、比叡山、吉野山、高野山に劣らないほどの隆盛を極めた。そこに祀られている宝牛は、牛の霊を慰めるために寄進された像である。別名を撫牛ともいい、一つの願いを念じてこの牛を撫でると願いを叶えてもらえるという。
最後は佐陀川に向かって南光河原に下りた。大山巡礼の旅を終えて、心を清らかにした。
<コースタイム>
6/11 下蚊屋ダム11:50 → 12:40笠良原農場分岐 → 13:00細谷川渡渉 →13:25 峠→13:40美用谷川左岸農地 → 14:20 御机神社 → 14:50 広域農道登山口→ 15:55 健康の森登山口 → 17:10 鳥越峠 → 17:45 駒鳥小屋 → 地獄谷河原
6/12 地獄谷河原6:00 → 8:15ユートピア小屋 → 9:35下宝珠越 → 10:40 南光河原駐車場

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