街はまだまだ残暑が厳しいが、涼を求めて西日本で一番高い場所である石鎚山に登った。石鎚山は、弥山から天狗岳にかけての盾状の山容が特徴的である。特に、東稜から眺める岩峰群は、アルプス的な景観を醸し出している。今回はその岩峰の一つの南尖峰から派生する墓場尾根を計画した。
土曜日朝、吉村号で広島を出発する。いつものように山陽道からしまなみ海道を走る。のどかなしまなみの風景を眺めながら走り抜ける。
西条市でちょうどお昼の時間になる。吉村さんが、「四国はうどんが安くて旨い」とうどん屋を探しながら走るが、なかなか見つからない。偶然小さな看板を見つけて、路地へ入っていく。民家の前に仮設テントのような構えのうどん屋があった。素うどんだが手打ちでとてもおいしかった。
国道から細いUFOライン(町道瓶ヶ森線)へと入っていく。めずらしく寒風山登山口の寒風茶屋が開いている。外は半袖では肌寒いぐらいの気温。中ではストーブかつけられていて、お店のおばさんは「寒い寒い」と言いながら奥へ戻って行った。こんな細い道でも、交通量は意外と多い。それもそのはず、スカイラインからの眺めは絶景なのである。狭い退避スペースには、ドライブをする車が止まっている。三角錐の形が特徴的な伊予富士を初め、四国山地の山々が連なっている。筆で描いたような巻雲が大変きれい。空はすでに秋らしさを見せていた。元廣さんもシャッターを切るのに忙しい。
山荘しらさの前では、何か催しの準備が進められている。旗を見ると、「四国のてっぺん酸欠マラソン」だそうだ。1500mの高所でマラソンとはユニークである。
宿泊地である避難小屋に先客はなく、貸し切りとなる。しかし、当てにしていた水場が枯れていた。この小屋は快適だが、水を持参した方が無難だろう。晩ご飯は、炊き込みごはん(たこ飯)に肉もやし炒め。お腹が膨れて落ち着いたので、早めに就寝する。
朝4時に起床して、朝食を摂り、撤収の準備を進める。まだ暗い公園線を走り土小屋へ。駐車場で準備を進めていると、空が白んできた。赤紫色に染まる瓶ヶ森が幻想的だった。
土小屋から静かな散策道を歩く。緑色に光るシコクザサと岩肌のコンストラストが美しい。元廣さんはこの時期の石鎚は初めだそうで、昨日から感動しっぱなしである。
第二ベンチで登山道から分かれて東稜に入っていく。横山さん先導に笹藪を漕ぐ。門の笹滝は笹の海である。思わぬ露払いで、ズボンがびしょ濡れになって戦意喪失。しかも、風が吹いて寒い。南尖峰に入るトラバース地点でかすかに踏み跡を認めるが、傾斜が急で歩いて降りられそうにない。滑って下まで落ちそうである。おそらく、いくつかある岩場への取り付き道だろう。かつてはルートが開かれていたようだが、いま登る者はいないようである。
墓場尾根の取り付きがわからないまま南尖峰を越える。元廣さんが南の尾根の先に踏み跡を確認するが、確信が持てない。横山さん先頭に、笹のルンゼの踏み跡を辿って降りていく。笹が滑りやすく、先が断崖になって落ち込んでおり危険である。何とか岩稜通しに踏み跡を見つけた。真横に見える大砲岩が取り付き点の目印である。
狭いテラスで準備を進める。オーダーは、横山さん-元廣さん、三谷-吉村さん。最初に横山さんが登る。1ピッチ目、まず、スッキリとしたスラブから登り、岩峰手前のテラスでピッチを切る。後発は一段下のバンドでピッチを切る。2ピッチ目は、出だしかぶり気味の凹状を乗り越し、傾斜のあるフェースを登る。
最終ピッチは、ナイフエッジからピナクルを交わすが、クライムダウンする箇所もあり、ロープの流れが悪い。広めのテラスでロープを回収して、南尖峰手前の登山道に抜ける。 このルートは登山用ではない人工物も埋め込んである。ハーケンは錆びて岩と同化しており、時代を感じる。クラックがあるので大きめのカムがあると安心。地形が入り組んでいるので、ロープの流れに注意が必要。南斜面ということもあり、名前に反して明るく開放的だった。敢えてクライミングのために訪れる場所ではないが、日の当たらない北壁とは違った雰囲気を味わえた。登ること自体は難しくないが、アルプス的景観を目で楽しみ、かつ、岩の散歩を味わうことができる。
天狗岳を越え、石鎚山山頂にたどり着く。山頂は座る場所がないくらいの登山客で賑わっていた。
下り始めると、急な登山道や狭い桟道をファミリーやお年寄りを含めた登山者が次々と登ってくる。白装束の信者も参拝されていた。山頂から土小屋にかけて登山道脇に草花がたくさん咲いていて、疲れを癒やしてくれた。ほぼ計画時間で下山することができた。
瓶ヶ森線は例のマラソン大会によって通行止めになっているため、よさこい峠から曲がりくねった道を辿って西条の街へ。
お疲れ様でした。