烏ヶ山山行
2026年1月24日(土)-25日(日) 吉村・神庭・野本・田野
今回の山行は烏ヶ山周辺での雪山訓練である。この週末、鳥取県には「顕著な大雪に関する気象情報」が発表されており、テレビのニュースでは繰り返し「不要不急の移動は控えてほしい」と呼びかけられていた。正直なところ、出発前から現地に着けるかどうかという緊張感ある山行となった。
9時、広島を出発した吉村さんと野本さんの車が三次中央病院に到着し、そこで田野と合流した。空はまだ明るかったものの雪の気配を含んだ冷たい空気が漂っていた。11時、根雨のマルゴウで神庭さんと合流し、これで全員が揃った。しばらく大山方面にクルマを進めたがスキー場の手前から道路が圧雪となり、ここから先は本格的な雪山の世界となった。雪が降り始めたが慎重に車を運転し、なんとか烏ヶ山の登山基地である鏡ヶ成スキー場の駐車場にたどり着いた。
雪は静かに、しかし確実に降り続いていた。車を降りると、すぐに雪山独特の音のない世界に包まれる。今回の山行は、悪天候が予想されていたこともあり、大山の山頂を目指すことよりも、新会員である野本さんに烏ヶ山で雪山を経験してもらうことが大きな目的となっていた。ワカンの装着ひとつ取っても、手袋をしたままでは思うようにバンドが締まらない。慣れない作業に手間取りながらも、少しずつ体を慣らしてもらうしかない。時間はかかったが全員準備を整え、本日の宿泊予定地である新小屋峠を目指して出発である。
歩き始めてすぐに、雪山の洗礼が始まった。ルートに入ってももちろんトレースはなく、そこから先は終始きついラッセルだった。この日の雪の状態は悪く、ワカンで踏み込んでも下の雪が締まっておらず、足元から崩れる。体力だけでなく、技術も求められる歩きである。
途中、神庭さんから雪の状態に応じた歩き方や、ラッセル動作について説明を受けた。普段は無意識にやっていることでも、改めて理論にしてもらうと理解が深まる。「なるほど、そういう理屈か」と腑に落ちる瞬間が何度もあった。4人で先頭を交代しながら、少しずつ、しかし確実に新小屋峠へと近づいていった。
16時近くになり、ようやく新小屋峠に到着した。長いラッセルで全員に疲労はあったが、目的地に着いた安堵感は大きい。ここからはテント設営である。風下で木からの落雪や倒木のない場所を探す。野本さんにとっては、雪山もテント泊もすべてが初めてだ。テントの立て方、冬季テント内での過ごし方、水の作り方など、覚えることは山ほどある。だが「知らないものはできない」のは誰でも同じであり、最初は皆こうして一つずつ覚えてきたので焦る必要はない。
初めてのテント泊が冬になったことで、夏山では経験できない多くのことを一度に学ぶことができ、結果的にはとても良い経験だったと思う。野本さんは装備を一度に揃えたため「散財した」と笑っていたが、冬山を安全に楽しむためには最低限の装備はまとめて揃えざるを得ない。それもまた冬山の現実である。
雪から水を作り、夕食の時間となった。今回の山行計画書には小さく「つまみ」と書かれていた。その小さな単語に気づいていたか否かはとても重要だった。これは各自ちゃんと一品もってこいよという吉村さんの隠しサインだった。そのおかげで気がつけば食べきれないほどの食材が並んだ。雪に囲まれたテントの中で、いつもの笑い声と怒声とで夜は更けていった。
酒も尽き、それぞれシュラフへと潜り込んだ。夜も更けうつらうつらと眠りに落ちかけた深夜、ふと私の耳に人の話し声が聞こえた。烏ヶ山の登山口だから、早出の登山者だろうか、それともバックカントリーの人だろうか。そんなことをぼんやり考えながら、私は眠りに落ちていった。
翌朝5時に起床し、昨日の声が気になって外に出てみた。しかし、そこにはトレースもスキー跡も一切ないのである。気のせいだったのかと思いながら朝食をとっていると、吉村さんが何気なく「そういえば昨日、夜中女性の話し声が聞こえたな」とおっしゃる。その言葉に、背中がぞくっとした。私が聞いた声も確かに女性の声だったからだ。
一キロ先の女性の声も聞き分けるという吉村さんが聞き間違えるはずはない。あれは一体、何の声だったのだろうか。本当にこんな深夜の大雪の雪山に女性がいたのであろうか。NHKの連続テレビ小説『バケバケ』の世界だったのかもしれない。もっとも、真冬にぞっとするのは寒さのせいということにして、この話は深追いせずここまでにしておきたい。
朝食を終え、装備を整えて出発する。野本さんは時間はかかるが、一つずつ自分の目と身体で確認しながら進めている。自分で手足を動かすことが大切だ。昨晩からの雪に加え、この日も雪は降り続き、積雪はどんどん増えていった。報道ではこの地域に短時間で降った雪の量としては観測史上記録的とのことだったが、北国出身の私としては、どこか懐かしさすら感じる雪であった。
この日は烏ヶ山山頂方面へ進み、ツェルトを使ったビバーク訓練を行う予定である。早朝なので気温が低く、雪は前日より締まっており、ラッセルは昨日よりは楽だった。1時間ほど進んだところで訓練を開始した。ツェルトは支柱にストックを使用したり木から吊るす設置方法などもあるが、今回は神庭さんが実践している方法を試した。全員で円になり、ザックの上に腰を下ろし、頭からすっぽりとツェルトを被り各自のお尻で引っ張る。これだけである。確かにフォーカストビバークならいざ知らず、装備が限られ吹雪の中短時間でツェルトを設置しないとならない極限状態を想定すると、これは非常に現実的な方法であると思う。
ガス缶にコンロをつなぎコッフェルで雪を溶かし、温かいお湯をみんなで飲んだ。その横を、私たちのトレースを使ってバックカントリースキーのパーティが通り過ぎていく。「トレース使わせていただきました。ありがとうございます」若い人達の明るい声が響く。こんな大雪の日によく山に入るな、と思いつつ、山が好きなのはお互い様なんだと苦笑した。
下山中、神庭さんの携帯に警察から何度も電話が入った。大山頂上小屋でホワイトアウトによる救助要請があり、低体温症の方が出ているという。この出来事は後にニュースでも報じられたが、この日の大山頂上がいかに厳しい荒天だったかを物語っていた。もし今回、夏道のトレースを利用する大山登山を選んでいたら、私たちも同じ状況に置かれていたかもしれない。吉村さんの慧眼である。
日本海に近い冬の大山、そして烏ヶ山は刻々とその表情を変える。今回の山行は、短いが深いラッセルによる大きな疲労とともに、冬山の厳しさを改めて思い知らされるものだった。しかし同時に、新会員である野本さんにとっては得るものが多い、価値ある山行であったのではないかと感じている。(記:田野)
