銀山街道(三次~大森)


三谷 和臣

5月19日~20日
参加者:安藤、川﨑、平本、徳永、保見

歴史の道シリーズ、今回は銀山街道を辿った。いわゆる石見銀山街道(銀の道)とよばれる旧街道は、大森より製錬した銀や銀鉱石を瀬戸内の港へ運ぶために利用されていた道である。銀山街道は、出雲街道とやなしお街道(「歴史の道百選」に指定)で構成されており、旧来より生活、運輸の主要道として利用されてきた。
銀山街道のうち、三次・尾関山より石見銀山のある大森まで約70km(Yahoo!マップ上での探索距離)を歩き通した。

5月19日
初日の行程が長いため出発を早めようと、朝6:00広島(深川)を出発する。歩行の妨げとなる宿泊や食事のための装備は省略して、極力軽量化をはかった。それでも重量は10kg近くになった。また、参加者の疲労を見越して、素泊まりの宿泊施設を予約しておいた。尾関山公園の駐車場に車を止め、まずは、鳳源寺の見学から。この2箇所は、桜と紅葉の名所だ。中でも、池の水面に映り込む景色との紅葉のトンネルは見ごたえがある。鳳源寺は、1633年(寛永10)年に、三次藩初代藩主の浅野長治が建立した浅野家の菩提寺である。
忠実に旧街道を辿ろうと、国道を北上して旧市街地へと入る。防火の役目を果たしたうだつのある古民家が並ぶ。石畳できれいに整備されており、従来の暗く寂れたイメージが払拭された。
三次町の市街地を抜けると、しばらく県道39号線を西城川に沿って歩く。
君田温泉の手前数kmのところで、布野へ抜ける広域農道に入る。この先きれいに圃場整備された田園地帯が続く。しばらくは田んぼと民家しかない。この地域は、ちょうど田植えが終わったころだ。歩きながら、田んぼの畔で草花、トンボ、オタマジャクシなどを観察したり、老夫婦の農作業の風景を眺めたりと、このころはまだ景色を楽しむ余裕があった。
日照りと暑さのせいで、多くの水分補給が必要であった。ところが、幹線道路を迂回しているため、自販機やコンビニはめったに存在しない。
旧布野村の入り口で、ようやく旧出雲街道の標識が現れる。そして、アララギ派の歌人、中村憲吉の歌碑のある真光寺に到着した(上布野には中村憲吉の生家もあったようだがスルーしてしまった)。かつて文学青年だった安藤さんの話で、その人物について初めて知る。54号線からは外れて布野の町へ入る。新旧の民家が立ち並ぶ細い路地を歩く。
54号線にぶつかり、今度は便坂トンネルの手間で旧道に入る。この旧道は完全に山越えとなった。つづら折れの林道を登りきると、牧草地の広がる仏ヶ峠(ほとけがたお)となる。このあたりから、予定の通過時間の超過が気になってきた。ペースも当初よりは落ち、メンバーの疲労が見え始めた。
旧道めぐりをするには、時間的余裕がなくなっていた。峠100選の旧赤名峠は省略し、島根側の入り口のみを確認することにした。旧市街地を散策する時間的余裕はなくなってきた。大型トラックの行き交う赤名トンネル内は、暗い上に歩道がなく危険であった。ヘッドランプを付けて足早に抜ける。
トンネルを抜けてからは緩やかな下りが続く。すでに廃業となったドライブイン「ルート54」を通り過ぎて、道の駅目指してひたすら歩く。ロードの場合、登りよりも下りの方が大変だということが分かった。とにかく、足を地面に置く度に痛みが走るようになる。
本来、道の駅は車で立ち寄るものである。歩いて入るのは初めてだ。予定より2時間遅れ。今回初めてのまともな休憩所だ。みんな変にがに股歩きで、まるでけが人のようだ。すでに目標は「ビール」に変わりつつあった。安藤さんは足首の古傷に不安を抱えているといことで、タクシーでエスケープすることになった。一方、残ったメンバーは、気力を振り絞って歩く。
本日のゴールまで約20km。54号線を外れて、美郷町に続く県道に入る。美郷町への道は、激痛の下りが続く。
沢谷駅を過ぎたあたりで、日暮れを迎える。ここからがつらい残業となる。足を前に出す理由は、ゴールするための義務感のみである。ここからは体力よりも精神力がものをいう。
最後、375号線に合流して、美郷町の中心街に入る。何とか、「ゴールデンユートピアおおち」の入り口に到着した。町内唯一のコンビニで晩御飯を買って全員到着。閉館時間ぎりぎりであったが、職員さんの配慮によって、お風呂の時間を延長してもらった。
お風呂に入ってビールで乾杯、反省会を行う。

5月20日
朝5:00起床。足の先は痛いが疲労はそれほどでもない。平本さんは足の調子が悪いので、バスで現地に向かう。
旧道を歩く当初の目的は、果たせなくなってきた。緩やかな登りのあるひたすら国道を歩く。途中、親切に道を教えてくれる地元の方がおられたが、とにかく真っ直ぐ銀山へ。
長かった歩きの旅もいよいよクライマックス、多くの観光客で賑わう世界遺産センターに到着した。ここは、石見銀山が世界遺産に登録されたときに開設された、情報発信のための施設である。ここを起点に石見銀山や大森の町並みなど、各々の趣向に沿って散策できるようになっている。
帰りの便への段取りを決めて、いざ大森の中心街へ。岩をくり貫いて造られた五百羅漢を外から眺める。銀山で働いていた人たちを供養するために作られたそうである。ついに大森のバスターミナルについた。「大森」の地名が付くので名目上のゴール。とりあえず間歩のあるところまで行こうと、陽気な中国人に促されるまま電動自転車をレンタルした。途中、有機素材を売りとした茶屋で軽食を取る。またビールでリバウンド。
とりあえず、間歩の入り口でゴール、記念写真を撮る。時間がないので間歩めぐりも省略。
バスターミナルでバスを待っていると、ボランティアガイドの方が、自作の動画を紹介してくれた。最近の観光客数の落ち込みに嘆いておられた。石見銀山は歴史的建造物よりも、歴史的背景や地域全体として価値があるため、観光としてみるべきものが限られることが考えられる。
大田市駅行きのバスに30分ほど揺られる。第2ステージは、スローな列車の旅。まず大田市駅から江津駅へ。海沿いに並ぶ風力発電のプロペラをぼーっと眺める。
次に、江津駅で、あまりにも長い旅になることから、「一生に一度は」の三江線に乗り込む。三江線の車両は、一両のため列車でもなく、ディーゼルのため電車でもない。三江線の旅が長くなる理由は、線路が中国山地を縦断するのではなく、蛇行する江の川に沿ってつけられていることにある。長旅のためとりあえずビールで乾杯。
なぜか浜原駅で乗り換える。乗ってきた車両は日本海に向けて帰って行った。運転手交代のためだろう。浜崎のメインストリートは、右を見ても、左を見ても車はおろか人気もない。安藤さんと係は、駅前の昭和の雰囲気を醸し出す店に入って時間をつぶす。
浜原駅を出てからは、乗客はわれわれ以外誰もいなかった。車窓から赤く染まる空と川を眺める。日暮れとなってからは、みんな泥のように眠る。「カタン、コトン」の音と揺れが心地よかった。
無事、尾関山駅に到着。行きも帰りも大変だったが、味わいのある旅だった。人間の記憶というものはいい加減なもので、すでに足の痛みを忘れて次の歴史の旅について考えている。

<コースタイム>
5/19(土)
尾関山公園-美郷 58.298Km 13時間12分
【車】深川06:00→07:00尾関山公園
【徒歩】尾関山公園07:19→09:19県道62号分岐→10:47真光寺→11:40布野→12:56仏が峠(銀の道) →14:32赤名TN→15:45赤木高原→16:45美郷町→18:53沢谷駅→19:35浜原TN→20:32粕淵
5/20(日)
美郷-大森 19.968Km 5時間53分
【徒歩】粕淵06:39→別府TN 08:23→09:27牧場→11:41世界遺産センター→12:32大森
【バス・JR】大森14:05→14:33大田市15:14→16:05江津16:34→18:20浜原18:41→20:13尾関山
【車】尾関山公園20:30→深川21:30