烏ヶ山西ルンゼ


三谷

月日:2017年6月10日(土)~11日(日) (係)三谷
参加者:吉村、神庭
<行動記録>
大山のバリエーションルートシリーズ。今回は、大山山系烏ヶ山の西ルンゼを登った。木谷の源流域から烏ヶ山南峰手前の稜線に抜けるルートである。今回の計画に当たっては、米子クライマーズクラブの記録を参考にさせていただいた。
土曜日の午後、吉村さんの車で広島を出発する。県境を越えるあたりから、濃い灰色の雨雲が空を覆って今にも降り出しそうだ。気持ちも空と同じようにどんよりしてくるが、大山へ飲みに行くためだと考えることにした。
道中、頑張って峠を越えようとする自転車集団(と言っても、先頭と後尾の間隔はかなり離れている)と遭遇する。この後、我々が向かう奥大山を越えていった。
奥大山のスキー場の駐車場に到着すると、雨を予測して車中泊とした。ビールを飲みながら、日暮れゆく静かな大山を楽しむ。自転車数台が大山道路を通り過ぎていく。19:30、神庭くんと合流する。ビール、ワインの差し入れによって勢いづく。話が盛り上がって、つい飲み過ぎてしまった。深夜に低気圧が通過したようで、激しい雨が屋根をたたいていた。
賑やかな小鳥のさえずりによって目が覚める。雨は上がっていた。まだ日本海に雨雲が残っているため状況は思わしくないが、西ルンゼの取り付きまでは行ってみることにした。
木谷登山口(健康の森)の駐車場に車を停めて、遊歩道を文殊越方面に歩く。登山者は他に2人パーティのみだった。
しっとりとした森の中を歩いていると、鳥の鳴き声に意識が集中する。「ホアオー、アオー、アオー、ホアオー」とアオバトが鳴いている。キツツキが「コツ、コツ、コツ」とつつく音が響く。大山は、渡り鳥の中継点になる場所で、愛好家の中では有名な野鳥の宝庫だそうだ。今回確認できた声の主は、アオバト、カッコー、ホトトギス、ヤマドリ、ツツドリ、その他多数。
文殊越分岐手前よりコンパスをセットし、東方面に向かって進む。霧もやの中、濡れそうなのでカッパを着て進んでいく。何のための目印かわからないが、所々テープが付けてある。藪はさほど濃くないが、湿度が高く快適とはいえない。
先頭を行く神庭くんには、なるべく歩きやすいところをと願っているのだが、藪の濃い急斜面を登ろうとしている。急がば回れで、いったん沢を下って尾根を巻くようにお願いする。
やがて岩壁の直下と思われる場所にたどり着く。荷物をデポして30mくらい登ると、岩壁の基部に出てきた。高さ100m以上はあろうかという大岩壁を見物する。垂壁で上部にはハング帯をともなっている。さほど古くないリングボルトが設置されていた。クラックはあるが、逆相で手がかりはなく、人工手段を使って登るしかなさそうだ。弱点のない岩場を敢えて登る必然性がないため、長年注目されることはなかったのだろう。

烏ヶ山の大岩壁

藪をかき分けていると、せせらぎが聞こえる。まさに、奥大山の源流、最初の一滴である。
西ルンゼを目指すべく、トラバースを続けると、広葉樹と植林された針葉樹の境界となる。古いジュースの缶や一升瓶が転がっている。昔の林業の名残だろう。細いブナが整然と並ぶ健康の森の相も二次林と考えられる。
25000分の1地形図の僅かなシワを読み取るのは困難である。携帯電話の位置情報でおおよその現在地を確認しながら、地形を読み取る勘を頼りに、苔むしたゴーロを詰めていくと、西ルンゼの出合いにたどり着くことができた。参考にした記録の写真のおかげで、それとわかった。ほぼ迷わずに目的地点に到達することができた。

西ルンゼの雪渓とスラブ(撮影:神庭)

1週間前に、弥山頂上から双眼鏡で確認したという神庭くんの情報の通り、ルンゼには雪が詰まっている。急峻な狭い谷地形のために、積雪に圧力がかかって溶けにくくなっていると考えられる。遠く稜線近くに、目標となる岩峰(グローブ岩)がかすかに見えている。
雪渓の入り口でハーネスとヘルメットを装着する。さっそく虫が群がってきた。去年も羽虫に悩まされたことを思い出した。二人は虫対策に防虫ネットをかぶる。それでも、隙間から侵入してやっかいな状態に。
取り敢えず、雪渓を詰めてスラブが見えるところまで行くことにした。雪渓歩きは、ガレ場を詰めるよりもどんどん高度が上がっていく。振り返ると、引き返すのが困難な高さになっていた。左岸の尾根を懸垂で降りられないこともないが。天気も回復してきたことだし、もはや止める理由がなくなっていた。
北アルプスの雪渓のように表面は堅く、落ち葉の乗っている箇所は所々氷状になっている。キックステップがきまりにくいので、雪渓の源頭は見えていたが安全のためにアイゼンを履くことにした。あとは、バイルとのコンビネーションで快適に登る。周到な準備のおかげで、余計な神経を使わなくてよかった。
右岸に雪の侵食によって作られたカール状のスラブが目に入る。自然の造形が見事であった。大山の他の場所では見られない奇景と言ってもよいかもしれない。
目標とする稜線とグローブ岩も幾分近づいた。
雪渓が終わって、シュルントを巻くようにして、滑りやすい泥壁をアイゼンのまま登る。ブッシュを抜けて沢に降り立つと、スラブ(というよりも滑滝)が現れる。一部濡れていて苔に覆われている。ここからロープを出して、神庭くんが空荷で様子を見に行く。よく磨かれたスラブでフリクションが乏しそうだ。のっぺりとした岩だが適度にリスがあるようで、ハーケンで支点を取っている。確保している間にも虫がまとわり付き、目や口に飛び込んでくる。40mくらいでピッチを切り、問題ないようなので、ザックを回収して登り返す。二人も後に続く。
青空が見え始め、時折、太陽が顔を出す。
続いて、岩全面コケに覆われた滝が現れる。小尾根で沢が二俣に別れている。正面のスラブは状態が悪いので、左岸の藪尾根を登ることにする。藪尾根とは言え、不安定な要素が多いので、ロープで確保しながら登る。草付きが滑ったり、剥がれ落ちたりするかも知れない。砂や浮石も乗っている。苔も滑りそうだ。見通しがきかないため、先に何があるかわからない。左岸のブッシュ沿い
を登り続ける。藪にはいると虫は追って来ないが、藪から出ると虫が襲ってくる。藪と虫との格闘である。着実に稜線は近づいている。正面にグローブ岩が見えてきた。左手には切り立った岩尾根が落ち込んでいる。目標とするルンゼは岩峰の左を抜けないといけないが、右に寄りすぎたようだ。グローブ岩の右上には滝が見えている。右を詰めると、本峰直下のトラバース道に出られたかもしれないが、予定していたルートに戻ることにした。

なめ滝(撮影:三谷)

猛烈な藪を真横に移動して尾根を越えると、ザレたルンゼにたどり着いた。少しルートを外したみたいだ。このルンゼを登ってくる予定だったが、状態はずいぶんと悪そうだ。稜線目指してルンゼの左岸を詰めていく。グローブ岩の基部を巻いてシャクナゲとキャラボクの藪をこぐと、無事登山道のある稜線に出た。烏ヶ山に初めて登ってから30年、やっとグローブ岩(ジャンケン岩)を間近で見ることができた。

 

稜線を目指す(撮影:神庭)

ほとんどあきらめていた中の踏破に、気持ちが満たされたので、頂上には向かわず下ることにした。登山者が少ないせいか、登山道には笹藪がかぶっている。
稜線にはさわやかな風が吹いていて、湿気も虫も飛ばされた。いつもにも増して、雲が湧き上がる槍ヶ峰の稜線を美しく感じた。
鳥越峠からは、緑が濃くなったブナの原生林を縫うように進んでいく。吉村さんが時折立ち止まって、ネマガリダケの若芽を熱心に摘み取る。この時期、この地域限定の山の恵み。天ぷらにするとおいしい。日に照らされて黄緑色に輝く森を歩いていると、いつもながら「良い森だな」と思う。
知られざる最奥の大山には、原生林、源流、雪渓、岩壁、なめ滝、泥壁、ガレ、藪、そして、虫、虫、虫、あらゆる山の要素が揃っていた。昨年は奥大山歴史の旅、今年は奥大山源流の旅を堪能して心が潤った。
次はどこを登ろうか?帰宅後、いつの間にか地形図を眺めていた。 (記:三谷)
<コースタイム>
6:30木谷登山口→7:00標高1050m→7:50岩場見学8:10→8:50ルンゼ入口→10:10登攀開始→12:35稜線→13:52鳥越峠→15:00木谷登山口                     (記:神庭)

大スラブ