春合宿I(剱岳八ツ峰)


三谷 和臣

<参加者>
中島、三谷
<行動記録>
 春の合宿はツルギの八ツ峰。鹿島槍方面のパーティとは往復の車中を同じくし、なかなか経済的かつ合理的な計画である。
 3日の昼に広島に集合し、渋滞を乗り越え信州へ辿り着いたのはすでに夜半であった。夜の運転は疲れるよねってことで昼の出発にしたのだが、昼の渋滞の方が格段に疲れるじゃないの、え?さて、3日の夜を信濃大町の運動公園で過ごした我々を迎えたのは快晴の朝であった。おう、桜が満開きれいだね、鹿島槍・爺が岳真っ白だね。っていうか、白過ぎ。今は5月なのよ、何、この雪の量は。事前の推測通り残雪の量は半端ではなかった。鹿島槍への登山口まで3人を送り、私と三谷んさんは扇沢へ。ここから黒部ダムまでは山の体内を貫通するトロリーバスである。当たり前だが観光客が多い。窮屈な車中を15分ほど我慢するとバスは黒部ダムの地中駅に着いた。バスを降りた我々は人の波に乗って通路を進み、ダムへと導かれた。絶景である。周囲は白銀の山々、雄大なるダム湖、お、売店の地ビールの売り子は白人のお姉さんではないか。ところで我々はどこに行けば良いの?ダム駅を出て黒部川沿いに下流に下るはずなのに、川はダムのコンクリート壁下100mのはるか眼下である。ダム駅まで戻り、さらに上部のダム展望台まで右往左往し、結局駅員に教えられた登山者出口はさっきバスを降りたところから50mほど先にあった。さっさと駅員に尋ねれば良かった。教わった出口のトンネルを出るとそこは雪の斜面のまっただ中であった。いきなりアイゼンを装着しなければ身動きが取れない。しかも急斜面の下降である。先ほどまで観光地にいた我々は足が慣れず、異常にぎこちない歩き方で斜面を下った。だって、怖いんだもん。河原まで降りたら、黒部川に沿って30分ほど下ると内蔵助谷出合いである。ここから内蔵助谷に入り少し進み、丸山東壁下で休憩を取った。丸山東壁、通称黒部の巨人。黒部の魔人(大タテガビン南東壁)、黒部の怪人(奥鐘山西壁)とあわせ、黒部三大岩壁を構成している。「いやー、ここにいる三谷さんはさしずめ黒部の奇人ですな。」と声をかけると、「何を、黒部の変人のくせに」と返された。うーん、神庭君がいれば、あれは黒部の原人だなってことで、激しく意見の一致を見た我々であった。ところで、谷から見上げる黒部の巨人は意外に小さく見え、高度差100-150mまあ3-4ピッチの岩場に見えた。しかし、帰ってガイドを読んでみてびっくり。「取り付きから山頂まで700m、岩壁部分だけでも約400mと日本屈指のビッグウォール。」と書いてあるじゃないの。ナゾであった。
 さて、内蔵助谷を抜けるとだだっぴろい内蔵助平となり、そこからハシゴ谷乗越を越えて1時間も下ると真砂沢である。真砂沢のキャンプ地と言えば、夏はたくさんのテントが張られているが、本日我々が到着したときにはわずか一張りしか見当たらなかった。彼等は今日、源次郎に行ってきたそうだ。沢筋から一段高台になったところで、雪崩の危険もなさそうな良いキャンプ地である。ここ数日の好天は約束されているようだが、テントサイトは徹底的に作る。疲労して不機嫌になりつつある三谷さんを鼓舞して、「もう一段深く掘り下げて」「もう一段ブロックを積んで」とシベリアの強制労働の結果、素敵なテン場
ができた。5-6時間の行程であったが、なんか疲れた一日だった。
5月5日晴れ 八ツ峰をやる日が来た。4時半には出発する。日帰りで駆け抜ける予定なので軽装だ。ツルギ沢雪渓から長次郎雪渓に入る。よほど早出したのだろう、はるか上を行くパーティがいる。源次郎尾根に取り付いているパーティもいくつか見える。我々の後ろから上がって来るパーティも見える。
長次郎雪渓をしばらく上り、右手の八ツ峰にあがる雪面へと取り付く。通常、ルンゼと記されているが、結構広い斜面である。上部で右へ進路を取ると1・2のコル左へ進路を取ると2・3のコルに着く。前を行くパーティは1・2のコルへと上がって行く。ずるいことには定評のある私なので、三谷さんに進路を左に取ることを提案し、我々は2・3のコルへ向かった。上部に行くと傾斜がかなりきつくなり、足が進まない。思いきって四つん這いになると、おー、素晴らしく速く斜面を駆け上がれるではないか。ケダモノになった気持ちがする。しかし、ケダモノになりきれていないがために早く息が切れるのが難点だ。2・3のコルに着いてはあはあ休んでいると、さっき前にいたパーティがこれから2峰を懸垂して来ようと言うのが見えた。向こうは3人こっちは2人、これから何度も懸垂することを考えると先回りできてラッキーである。休んでいたコルからは、快晴の空の下これから向かう純白の雪稜がうねうねと見えた。3峰4峰は懸垂でなく、先行者のトレースに従いピークからはクライムダウンした。5峰はピナクルから懸垂と言うのが一般的のようだが、雪が多すぎてピナクルへは行けない。少し手前の雪面から先行者の残置したスリングが、ビヨンと猫のしっぽのように出ている。埋めてある支点は何だろう?土のう袋かな?竹ペグかな?割り箸一本だったりして。何かは知らねど、引いてみて強度ありと判断したので利用させてもらい懸垂する。30mほどで岩に作ってある懸垂支点に乗り換えさらに20m懸垂し、トラバースすると5・6のコルに着いた。時間は9時半。順調過ぎるくらいだ。休憩し、6峰に取りかかる。6峰は何段にも折り重なったようでニセピークが多い。何度目かのニセピークの後、本ピークに着くとまた猫のしっぽが出ていた。ありがたくまた利用させてもらう。その代わり、この支点が突然抜けても誰も責めることはできないので、その時は心静かに落ちて行こう。幸いにも支点は抜けず懸垂は終了。7峰を登る。7峰から8峰は危険に満ちていた。まず、7峰上には懸垂支点がなく先行者はクライムダウンしていた。足許も見えない長く急な雪壁で一歩の過ちも許されそうになかった。しかも危険箇所はそれだけではなく、さらに危険な体感傾斜100°(そう垂壁以上の感じ)のトラバースまであった。仰向けに落ちて行きそう。幾多の困難を乗り越え、8峰を過ぎ少し歩くと登攀終了点である八ツ峰の頭に着いた。11時35分着。いやー、ビバークの可能性まで検討してたのに、天気が良いとはこういうものか。ゆっくり休んだ後、頭を後にする。後続パーティーは7峰を終え8峰を登るところだ。頭からは岩の残置支点を使い懸垂をした。と、ここでトラブル発生。懸垂支点からロープ回収中、半分以上過ぎたのにロープが動かなくなってしまった。結び目は引っ掛かっていないので、末端がクラックにでも挟まったのか?どんなに引いてもびくともしない。やれやれ、登って回収しなきゃと準備をしていると、上空から神の声「ロープがひっかかってますよー」と。そして神はひっかかりを外してくれた。いやー、2・3のコルに先回りしといてよかったー。抜かしたパーティーにこんなとこで助けられるなんて。恥ずかし。腐れ雪の長次郎雪渓をおっかなびっくり下って真砂のテン場に着いたのは14時30分であった。好天が全てと言えばそれまでだが、八ツ峰をやれてなんだかとても満足だ。
翌日6時15分出発で一昨日来た道をダムへと戻る。ハシゴ谷乗越から内蔵助平までは普通であった。しかし、内蔵助谷に入ると様相は一変した。なんなのよ、これは?左右からの何か所もの雪崩で景色が変わっている。往路にはなかった雪の尾根がいくつもできている。危険を感じた我々は一刻も早く谷を抜けなければと下ったが、黒部川との出合いに至っては内蔵助谷本流が雪崩れたような形跡まである。いや、良ーく分かったよ。みんな室堂から入って誰もこっちから真砂に入らないわけが。今年は特にひどいのだろうが、これじゃ
弾倉に弾が4-5発は入ったロシアンルーレットじゃん。しかも44口径マグナムのね。極めつけはダム直下であった。行きに下ったダム駅からの斜面に立派な雪崩の跡が。木が根こそぎになったり土塊も落ちている。しようがないので、きけーんきけーんと呟きながら、雪崩の跡を踏み越えてダム駅へと帰り着いた。道中、三谷さんと相談しあの白人お姉さんのビールを飲もうぜと決めていたので、駅にザックを置いてダムへと行くとビール売りの白人ねえちゃんはかげも形も見えなかった。ジャパニーズ兄さんに代わってる。それでも決めごとなので不機嫌な顔をして私が買いに行った。不如意。でも、あふれる中国人観光客の中、晴天の黒部ダムで飲んだビールはうまかった。その30分後には扇沢で鹿島槍パーティと合流を果たして帰った。
<コースタイム>
5月4日 8:30扇沢 9;00黒部ダム 10:30丸山東壁下 14:00ハシゴ谷乗越 15:00真砂沢
5月5日 4:30真砂沢 7:30 2・3のコル 9:30 5・6のコル 11:35八ツ峰の頭 12:30池ノ谷乗越 14:30真砂沢
5月6日 6:15真砂沢 7:40ハシゴ谷乗越 10:50黒部ダム 11:45扇沢
(記:中島)

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