奥穂高岳南稜 5月2日~3日


児島 修

以前から、そのラインの綺麗さゆえ一度は登ってみたいと思っていた奥穂高岳の南稜に行った。現地への往復は後半の連休で合宿に入る三谷達の車に便乗させてもらった。南稜は上高地から見ると奥穂のピークの右手から岳沢の中心に向かって派生している尾根だ。中間部にトリコニーという象徴的な3ツのピナクルを有する。取付きは、吊尾根の最低コルから一直線に岳沢に落ちる滝沢末端の大滝下の左手にある浅いルンゼだ。
明神岳東稜を目指す三谷、中島と河童橋で別れ梓川沿いを岳沢に向かう。途中の風穴テラスでクライマー風の3人パーティーに声をかけると南稜に取り付くと言う。急いでザックを担ぎなおし立ち上がろうとするとリーダー風が、「今日取付くのですか?僕達は明日です。」と言うので少し休むことにした。連休の1日前のせいか登山者は少ない。岳沢のテン場も数張りだけだ。それにしても良い天気だ。一片の雲も無い。ヒュッテの真横で小休止してルートの確認をする。ルンゼから雪壁に出て尾根に戻り、ブッシュ帯を少し登り雪壁に出てトリコニーの岩に取付く。壁から岩稜を登り・・・そこまで確認できた。段々急になってくる雪渓を取付き目指して登る。上部で4~5箇所のクレバスを越える。安定したところで装備を身につける。ハーネスを付けヘルメットをかぶると気分も盛り上がってくる。取付きは大きくシュルントが口を開け、その向こうは垂直の雪壁になっている。こりゃ無理じゃ。弱点を探してシュルントの縁を辿る。怪しげなスノーブリッジの向こうが何とか登れそうだ。宙を歩く気持ちになってブリッジを2歩。岩場に飛び移る。数メートル直上し草付きをトラバース。急な雪壁を登って尾根を超える。再び急になってくる雪壁を上り詰める。ふくらはぎと腕がパンパンになり張り裂けそうになる手前でやっとハイ松を掴んだ。踏み跡の残る急なブッシュ帯を登り再び雪壁だ。岩場を右から回り込むと頭上にトリコニーの岩が見える。が、何とそこに達するにはこちらに張り出した雪庇の壁をどこかで越えなければならない。弱点はあるものだ。一箇所だけ、足元はかぶっているが1メートルの垂壁のところがあった。岩を回り込み少しトラバースして超えるポイントに辿り着く。良いのか悪いのか結構な高度感だ。この際足下のことはあんまり考えない様にしたほうが良いようだ。アドレナリンが染み出してくるのを感じながら突入。一動作一動作を確実にこなす。あっという間の出来事なのに上の雪壁に立った時には喉がカラカラだった。しかし、こんなところじゃザックも降ろせない。トリコニーの取付きまで上がり小休止。ルートの核心部はここかららしい。とてもそんなには見えない。3級から4級の1~2歩の快適な岩場をグングン登る。トリコニー#1の壁から#2の岩稜を辿り#3とのコルにでた。ふっと周りを見渡すと素晴しい光景ではないか。これ、これ、これが見たかったのだ。右手には明神の各峰々から落ちる尾根、頭上には前穂が高い。吊尾根はルートの雪壁の向こうに隠れている。左上は奥穂から続く岩と雪の稜線、そして西穂。背中の大空間の向こうには乗鞍岳と御岳。大パノラマの真只中だ。暫らく景色を楽しむ。ルートは#3の裏側の雪壁を登り雪稜に出る。雲ひとつ無い好天で雪もかなり腐ってきている。おもいきり体力も吸い取られていく。ただでさえ容量が少ないのに。雪稜から岩稜に移り高度を上げていく。視界も徐々に開けていく。富士山も甲斐駒も明神の稜線越しに見えてくる。そういえば、明神の裏側では三谷と中島が東稜を登っているはずだ。岩稜を抜けると長い最後の雪稜に出た。上部には岩が露出している。あの向こうに南稜の頭があるはず。視界の中には人は確認出来ない。16時15分の今日最初の三谷達との定時交信までには岩場に着かなければと焦るが、足は重い。力を振り絞って岩に辿り着き、直ぐに無線機を取り出す。息が上がってなかなか呼掛けられなかった。彼等はもうテントの中にいるようだった。南稜の頭はそこから2~3分で着いた。思わずガッツポーズ。常念岳の背後から昇る朝日が良く見える場所にツェルトを張る。水を作り水分を補給し、すき焼き丼を食べる。松本の夜景を見ながらコーヒータイム。狭いが快適なビバークだ。無風快晴で夜中に暑くて目が覚めた。ツェルトのジッパーを開けて頭を出して再び就寝。4時過ぎには空が白み始めた。漆黒の空から藍色に変わりゆく空は本当に綺麗だ。期待していた日の出は、下部の雲のせいか、盛り上がらないまま太陽が出た。それにしても素晴らしい景色だ。加賀の白山も笠ガ岳の向こうにやけに近く見える。下降は天狗のコルからなので、雪があまり腐らないうちに出発するつもりだったが、いつの間にか時間は過ぎていた。奥穂のピークからクラストした雪稜を快適にジャンダルム方面に進む。見下ろす南稜には3パーティー9人が確認できる。こぶ尾根からの下りはほとんど雪が無い。天狗への最後の長い下りはアイゼンをはずした。コルで暫く、岳沢から上がってきた鳥取の年配のパーティーと話をする。ヒュッテから4時間かけて上がってきたと言う。岳沢への下りは50メートルほど歩いて下っていたが、尻セードに切り替える。傾斜が急なのでブレーキをかける手が痺れた。40分ほどでヒュッテに到着する。岳沢は昨日とは打って変わって天幕が爆発的に増えている。しかも、途切れることが無いくらい登山者が下からも上がってきている。待っていられないので雪の上ではトレースをはずして歩くが結構ズポズポとはまってしまう。一番のラッシュ時に岳沢を出たようだ。モレーンから下では殆んど人に出会わなかった。梓川に出ると今度は観光客で溢れていた。河童橋の上はさしずめ東京の満員電車だった。そこでは私は場違いな格好をしていた。ここを昨日渡ったばかりなのに、もう何日も経っているような気がした。振り仰いで登ったラインを確認する。素晴らしいルートだった。因みに初登はイギリスの宣教師W・ウェストンです。
<コースタイム>
5/2 上高地バスターミナル(6:20)-岳沢ヒュッテ(8:30~9:00)-南稜取付(10:00)-トリコニー取付点(12:35~12:50)-トリコニー#2#3間スノーリッジ(14:00)-南稜の頭(16:30)
5/3 奥穂高岳ピーク(6:40)-ジャンダルム(7:30~8:00)-天狗のコル(9:00~9:30)-岳沢(10:10~10:40)-上高地(12:00)

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