個人山行 雪彦山


三谷

月日:7月19日(土)~21日(月・祝)
参加者:吉村、保見、兼森、松林

<山行記録>
7/19(土)
愛知に出向中の松林くんと合流して、合宿前のトレーニングを行った。甲川例会が中止となり、急遽、吉村さんも参加することになった。
このような事態になったのは、山行計画の調整不足によるものであった。今後は気を付けたい。
朝7:00に広島を出発し、山陽道を走らせ姫路西で下りる。近くのコンビニで松林くんをピックアップして雪彦山に向かう。雨は降っていないものの、空のことばかりが気になった。
キャンプ場の前を通過して、展望台登山口に向かう。登山口から徒歩10分のところにある出合から、岩壁基部を目指す。沢の右岸、左岸の踏み跡を二手に分かれてのぼる。後者の方が傾斜が緩やかだが、下り口がわかりにくい。
三峰の岩壁の基部で各ルートを確認していると、大きな雷鳴とともに、滝のような雨が降ってくる。幸い、三峰の前傾壁の前にいたおかげで、雨をしのぐことができた。
これでは、三峰の東稜、正面の各ルートを登ることはできない。昨年と同じパターンにはまっているようである。
しかし、雨宿りができるくらいだから、前傾壁は乾いている。計画を変更して、人工登攀の練習をすることにした。誰もが初見のため、支点の状況はわからない。しかし、あらゆるところにボルトが連打されている。10mくらい上に捨て縄が見えるので、その支点にトップロープをかけることにした。ダイレクトルート(A2)と思われるピッチを保見さんが取り付く。途中支点が飛んでいたみたいが、迂回しながら何とか終了点に着くことができた。
傾斜が90°以上のため、アブミに足を乗せた途端、体が回転してしまう。壁への蹴り込みとアブミの巻き込み、そして、フィフィを使ったレストの要領を得るために時間がかかった。みんな、力任せの苦しい登りになった。しかし、唯一兼森さんだけは、最初はみんなと同じ状態になったものの、するすると登ってしまった。みんなが登り終えたころ、すでに18時を過ぎようとしていた。
大汗かきながら下山して雪彦温泉は向かったが、すでに締められていた。仕方なく引き返し、屋根付きの宿を借りて、夕食の準備を行う。
本日のメニューは鶏肉のトマト煮と冷やしうどん。まあまあ満足してもらった。

7/20(日)
本日は、地蔵岳の東稜に登る予定。朝7:00に登山口を出発し、取り付きを目指す。
ここで、初歩的なミスを犯してしまう。漠然と踏み跡をたどって、東稜の派生ルートと思われる取り付きに上がってしまった。
東稜ノーマルのテラスは、よく考えると岩壁基部からわずか10mくらいの高さである。計画段階での確認と、前日通過した際に確認する慎重さが足りなかった。
気を取り直して、準備に取りかかる。パーティーは、松林-保見、兼森-吉村-三谷の構成。中堅会員を中心にロープを伸ばしてもらった。
登攀開始9:30。以降の記録は後続隊による所感である。
2P目までは、階段状のスラブを松の木まで伸ばす。易しいが支点が極端に少ない。
3P目は、バンドを登り、チムニー入り口でピッチを着る。空は黒い雲に覆われている。
4P目は、ルート中の核心で、狭いチムニーからフェイスを抜ける。中開きのクラックにカムが残置されていた。ややかぶり気味で、A0を交えて豪快に突破していった。あとは易しいスラブを樹林帯まで。
5P目は、歩きである。雨がぽつぽつと落ちてくる。
6P目は、遭難碑のある馬の背リッジ。この頃より、大粒の雨が降り出してきた。ロープを伸ばしているときは、何とか乾いていたが、フォローする頃には、しっとりとしてきた。おっさん二人は、ロープアップを待たず、走るように登る。先行パーティーの姿は見えず、すでに頂上に抜けたようだ。
7P目は、最終ピッチ。ルートの様子を見たが、雨も上がってきてまだ登れる状態だったので、リードを交代せず頂上に抜けてもらう。
13:00全員無事地蔵岳頂上に抜ける。昨年より1時間以上早く抜けることができた。途中、ルート、支点の取り方などのアドバイスなどがあったが、トレーニングの成果が見られた。先行の二人は少し物足りない様子だ。次は正面壁でも挑戦してほしい。
雷雨がくる前に下山を開始する。とても一般道とは思えない悪い下山路をたどる。沢状の岩場に鎖場、トラロープが連続する。昨年もこの登山道で事故が発生していた。
下山後、立派な銭湯にゆっくりつかったあと、買い出しをして、昨日と同じ宿にもどる。車中、スコールのような雨で周りが真っ白となる。
本日のメニューは金目鯛風味の炊き込みご飯と豚キムチ。からからの喉をビールで潤わした。

7/21(月)
本日は、三峰の東稜に登る予定。一昨日確認した取り付きに向かう。三峰の正面ルートは濡れていて使えそうにない。
目標のルートを東稜一本に絞る。昨日と同じパーティー構成。
1P目、まず保見さんがロープを伸ばす。見た目、登れそうだが、小ハングで苦労している。人工登攀に転じて突破することができた。
時間がかかりそうなので、後続は裏側にあるガリーを登ることにした。ルートがよくわからないため、三谷がロープを伸ばすことにする。
苔と泥に覆われて、まったく快適ではない登攀となる。まるで沢登りの高巻き状態である。
後続三人がそろった頃、フォローの松林くんが登ってきた。
2P目は、クラックからフェイスを登りテラスまで。最初は支点がない上に、クラックにとったカムから、次のリングボルトまで5m以上離れいている。落ちるとグランドを免れない。最後の垂壁はかぶり気味である。松林くんはアブミを出してあずっているようだが、ここはⅢ級+のはず。岩は硬く、しっかりとしたスタンスもあるのだが、精神的に応えるピッチである。初日の雷雨の下での練習が功を奏した。グレードというのは主観でありいい加減な基準だと思った。
3P目は、フェースからリッジに抜けて樹林帯の手前まで。ここはⅣ級らしいが、支点はしっかりしており、先ほどのピッチの方が難しく感じた。
三峰に抜けて全員がそろったときにはすでにお昼になっていた。正面には急峻な不行岳の岩壁が見られる。継続しようと思うと、もう少し技量が必要だ。
さて、登攀終了も喜んでられない。問題は下降路である。「これを下りなさい」と言わんばかり、ペツルのアンカーにFIXロープが垂れ下がっている。懸垂で20mほど下降する。それより、バンドを伝って、次の下降支点へ。今度は40mの垂壁の下降である。ルートになっているらしく、下りたテラスには遭難碑が設置してあった。不行沢の不安定な草付きを下降して、地蔵岳東稜とテラスに到達した。登攀ルート以上に危険なアプローチだった。同ルートを懸垂下降した方が安全であった。
初見で登る、リードをする、人工登攀技術の習得、危険なアプローチを対処するなど、各々の課題をこなし、充実したトレーニングとなった。雪彦山は登山に必要なすべての要素を満たしてくれる山だ。私はヒルに血を吸われただけだが。
しかし、雪彦山は随所に遭難碑が。雪彦山のもつ岩峰は、昔から厳しい訓練の場を与えていたのだろう。整備されて明るいゲレンデとは異なる。新人の頃、ここの例会を断られた理由がわかった。
いつもガスに覆われた山容は、悲しげな雰囲気を醸し出している。この雰囲気に親近感を覚えるのは私だけだろうか。

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